長崎地方裁判所 昭和41年(ワ)87号 判決
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〔判決理由〕<証拠>を総合すると、原告は、昭和三九年八月二〇日、訴外小川孝子、同小川五百子に対し、いずれも前記入院期間(編注、昭和三九年五月四日〜同年八月七日)中の看護料名義のもとに各金二万六、六〇〇円を支給したこと、この額は、一日につき金三五〇円の割合による右入院期間の全日にわたるものであつたこと(もつとも、このことは、計算上明白である。)をそれぞれ認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。しかし、<証拠>によると、訴外小川孝子、同小川五百子は、いわゆる附添婦とかいうものではなくして、いずれも原告の妹であり、当時、前者は、長崎市向名のその親もとにあつて、家事の手伝いに従事し、後者は、いまだ高校生であつて、前同親もとから同市古賀名の高校に通学していたにすぎないものであつたこと、また、右訴外人両名は、原告の前記入院期間中、全日にわたつて、二人でともに原告を看護したというのではなくして、時には一人、時には二人で、しかも後者は休日以外は学校帰りに、主として通い(したがつて、バス賃等の交通費を要した。もつとも、時には原告方等に宿泊したこともある。)で、原告方の家事手伝いや原告の附添等をしたにすぎなかつたばかりでなく、前記長崎県済生会病院は、いわゆる完全看護の病院であつて、原告のほぼ筋向いに位置し、かつ原告方は、もともと原告とその夫訴外森秀夫とのわずか二人暮しの家庭にすぎなかつた(したがつて、原告の入院期間中、いわゆる女手を必要としたことは是認しても悪くはないであろう。)から、右のような家事手伝いならびに附添等は、一人でもこと足りたことをそれぞれ認めることができる(これを覆えすに足りる証拠はない。)から、このような事実関係のもとにおいては、原告の前記支出金のうち真に必要にして、かつ止むを得ざる分としては、一名分(それが妹であつても、一向にさしつかえはない。)、すなわち前記金二万六、六〇〇円(この額、すなわち前記のとおり一日につき金三五〇円の割合による額は、その受給者が妹であつても、決して高額にすぎるものということはできない。)の限度にとどめられるべきであり、その余の分は、被告らの損害賠償義務の範囲外にあるものとなすのが相当である。したがつて、右金二万六、六〇〇円がこの点についての原告のこうむつた損害の額ということができる。<中略>
<証拠>総合すると、原告は、前記受傷(編注、右上腕不全麻痺を伴う右前頭部、右眼部、右上腕部打撲傷、両膝部擦過傷)後、本件事故がなければ当然支出しなくてもよかつたはずであつたのに、本件事故のため特に必要に迫られて、止むなく、寝具類衣料品等の取替え費用として、少くとも合計金五、五六五円を余分に支出したことを認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。しかし、その余の原告主張の特別食の摂取、寝具類、衣料品等の取替え、および見舞客の接待(これら以外の主張はない。)のための諸出費については、原告において平素は飲食したことはないのに本件事故のため特に必要に迫られて止むなく特別食として購入し、原告のみが飲食したものであること、本件事故がなければ支出しなくてもすんだのに、本件事故があつたばかりに特に必要に迫られて原告のためにだけ止むなく寝具類衣料品関係の出費(たとえば、クリーニング代等)をしたものであること、本件事故のため特に必要に迫られて止むなく購入した寝具類衣料品等であつて、現在効用価値を喪失しているものであること、原告と同じ境遇、同じ立場にあれば、誰しもその程度の見舞客の接待(たとえ見舞金品を贈られずとも)は当然にせざるを得なかつたこと、しかも、その接待が飲食によるものであつた場合においては、原告自身はそれらを飲食していないことなど、本件事故との間に因果関係が存在することにつき、<証拠>をもつてしては、いまだこれを認めさせるに足りないし、他に右の事実を認めさせるべき証拠はない。したがつて、右金五、五六五円がこの点についての原告のこうむつた損害の額ということができる。(桑原宗朝 原政俊 桑原昭熈)